樋口紀美子

ドビュッシー生誕150年記念
 樋口紀美子〜12のエチュード

満を持しての収録(浜離宮朝日ホールで)

 

 

  ドイツを中心に活躍してきたピアニストの樋口紀美子のレパートリー、ドビュッシーの最晩年の傑作「12のエチュード」、満を持しての録音です。

ピアノ音楽の集大成ともいえるこの曲集は、「音程へのこだわり」と「響きの追求」という彼の本質が12の曲に凝縮されています。単なる技術の鍛練の水準をはるかに超えた、高度な芸術性を演奏者に要求しており、演奏者は大いなる覚悟と集中力を求められます。

録音会場は響きの良さで定評のある浜離宮朝日ホールを選び、事前リハーサルも同ホールで行うなど、万全の態勢で録音に臨み、至高の境地を記したCDがここに誕生しました。

 

 1977年にはイタリアのフィナーレ・リグレ国際ピアノ・コンクールで3位入賞、80年にはスイスのルガノ国際ピアノ・コンクール「スケルツォ特別賞」を受賞しています。

 上記の経歴のように、30年以上にわたりドイツを中心に活躍してきた樋口ですが、意外にもドビュッシーを主要なレパートリーとしており、とりわけ最晩年の傑作「12のエチュード」を30年以上前からしばしば演奏会で取り上げてきました。

 1989119日、ベルリン・フィルハーモニー・カンマームジークでのデビュー・リサイタルで、エチュード全曲の演奏したまさにその日に東西を隔てる壁が崩れ、後半6曲を弾いた2006年の東京でのリサイタルがきっかけで、日本で新しく生活を始める決心するなど、彼女にとって特別な作品となっています。

 ドビュッシーのピアノ音楽の集大成ともいえるこの曲集は、「音程へのこだわり」と「響きの追求」という彼の本質が12の曲に凝縮されています。単なる技術の鍛練の水準をはるかに超えた、高度な芸術性を演奏者に要求しており、演奏者は大いなる覚悟と集中力を求められます。

 生誕150年のドビュッシー・イヤーに向けて、樋口はこの難曲の録音に集中して取り組んできました。録音会場は響きの良さで定評のある浜離宮朝日ホールを選び、事前リハーサルも同ホールで行うなど、万全の態勢で録音に臨みました。

 録音会場は極上の響きで満たされ、ドビュッシーのピアニズムの極致ともいえる至高の境地を記したCDがここに誕生しました。


  ドビュッシー:12のエチュード(練習曲)

   「ショパンの思い出のために」

  第1集   I. 五本の指のための--チェルニー氏による

        II. 三度のための

             III. 四度のための

             IV. 六度のための

              V. オクターヴのための

             VI. 八本の指のための

   第2集 VII. 半音階のための

           VIII. 装飾音のための/IX. 反復音のための

               X. 対比させられる響きのための

              XI. 組み合わされたアルペッジョのための

             XII. 和音のための

 

   樋口紀美子(ピアノ)

■CD: MF25701          

   定価 2,800円(税込)

    録音:浜離宮朝日ホール(東京)2012312,13日    

   発売日:2012930



■ドビュッシー「12のエチュード」について

 「12のエチュード」は、ドビュッシー最晩年の傑作のひとつです。1914年に第1次世界大戦が勃発、そのショックに追い打ちをかけるように、翌19153月には最愛の母と、妻のエンマの母親を相次いで亡くし、ドビュッシーは自身の病気も重なって作曲に手が付けられる状態ではありませんでした。しかし、7月に大西洋岸のプルーヴィルに保養のために移ったのと、デュラン社からショパンのエチュードなどのフランス版の校訂を依頼されたのがきっかけで創作意欲を取り戻し、2台のピアノのための「白と黒で」、3つのソナタ、そして「12のエチュード」を次々に発表しました。「12のエチュード」がショパンに献呈されたのは、こうしたドビュッシーの当時の状況が背景にあると考えられています。

 12のエチュードは6曲ずつの2巻に分けられています。「5指のための、チェルニー氏にならって」、「3度のための」、「4度のための」、「6度のための」、「8度のための」、「8指のための」と名付けられた第1巻の6曲は、それぞれ指の訓練がめざされていますが、すでに第1曲でチェルニーが皮肉られているように、19世紀の楽天的な名技主義は退けられ、新しいピアニズムの確立がめざされています。ただしその背後には、4度や6度の平行進行の偏愛による、中世的な音響像の回想がある点も興味深いところです。

 第2巻の6曲はそれぞれ、「半音階のための」、 「装飾音のための」、「反復音のための」、「対比させられる響きのための」、「組み合わされたアルペッジョのための」、「和音のための」と名付けられ、ドビュッシーならではの微妙な陰影を伴った高度な音響表現の実現がめざされています。このエチュードが、単なる技術の鍛練の水準をはるかに超え、高度な芸術性を要求し、みごとな演奏効果を生むゆえんがそこにはあります。

ショパン〜ノアンの思い出
 こぼれるようなロマンとドラマディックな抒情

 ショパン:ソナタ第3番、3つのマズルカOp.59

 

 

 樋口のレパートリーはバロックから現代まで幅広いが、中核となるのはJ.S.バッハ、ショパン、シューマン、リスト、ドビュッシーといった、ピアノ作品の枢軸である。

 樋口は、7年前に長く住んだベルリンから日本に住居を移したが、渡欧してから40年という節目の年(2014)CD2弾を録音するのに際して、何の迷いもなくショパンを選んだ。

 前作のドビュッシーやショパンを幼少から特に好んで弾いていたという樋口だが、長じてドイツに留学し、バッハを原点にドイツ音楽を中心に研鑽に励んだ。するとむしろ一層ショパンやドビュッシーに対する共感が深まったという。

 前作のドビュッシー「12のエチュード」には「ショパンの思い出のために」という副題が楽譜に記されているが、本作品は樋口自身の希望で「ノアンの思い出」を副題としている。

 ノアンはフランス中部の村だが、ショパンがサンドと夏の日々を過ごしたノアンの館や、ショパンが散策した小径を樋口は数年前に訪れている。すると天国のショパンと対話したり、この地で生まれたいくつかの作品の響きが自然に聞こえてきたという。

 樋口は大好きなショパンを折にふれ演奏会で取りあげてきた。このCDの核とも言えるソナタ第3番は、ドイツ、日本の双方でデビュー・リサイタルでも演奏している。そして40年以上の絶え間ないショパンへの熱い思いが、このアルバムの端々からにじみ出ている。

 今回も響きの良さで定評のある浜離宮朝日ホールで収録した。樋口はリサイタルもここで経験しており、慣れ親しんだピアノとホールが一体となった、極上の響きがこの録音でも堪能できる。

 

■ こぼれるれるようなロマンとドラマティックな抒情

真嶋 雄大~ライナーノーツより

限りなくデリケートながら、けれども存在感に満ち溢れたピアニシモ、大袈裟ではない振幅や起伏の中での物憂げな情感や深々とした沈潜、そして心の底からの悲しみを、樋口さんが共感とともに肌理細やかに紡いでいくと、そこには零れるようなロマンとドラマティックな抒情が揺蕩うように湧き起ってくるのだ。

 

   ノアンの思い出

   ショパン (1810-1849)

   ピアノ・ソナタ第3番 ロ短調 作品58

   ノクターン第15番 へ短調 作品551

   子守歌 変ニ長調 作品57

   スケルツォ第4番 ホ長調 作品54

   3つのマズルカ 作品59

   樋口紀美子(ピアノ)

■CD:MF25702          

 定価 2,800+

   発売日:20141025日(予定)

   録音:浜離宮朝日ホール、 2014324, 25



樋口紀美子(ピアノ)

 6歳より母の手ほどきでピアノを始める。藤田晴子、田辺緑、岡部昌、永井進、神西敦子、K.ヘルヴィッヒ、H.E.リーベンザーム、G.アゴスティ、H.C.ステファンスカ、W.ブランケンハイム、D.ヴァルジの各氏に師事。1974年渡独。エッセン国立音楽大学、ベルリン芸術大学、ザールブリュッケン国立音楽大学演奏家コース卒業。

 1977年、イタリアのフィナーレ・リグレ国際ピアノ・コンクールにて3位入賞。以来、ドイツ、スイス、イタリア各地で数多くのリサイタルを行う。80年スイスのルガノ国際ピアノコンクール「スケルツォ特別賞」。81年以来、一時帰国しては東京にて13回のリサイタルを開催。『音楽芸術』『音楽の友』『ムジカノーヴァ』『ショパン』各誌で高い評価を得る。85年東京交響楽団とラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を共演。

9310月にはマーラー《大地の歌》ピアノ版を邦人初演し、『音楽の友』のコンサート・ベストテンにノミネートされるなど、絶賛を博す。

 1988年よりベルリンのフィルハーモニー、カンマームジークザールを中心に9回のリサイタル(アードラー主催)で成功を収め、ベルリン・ピアノ界の常連としての地位を確立した。93年の演奏会はベルリン最大有力紙『デア・ターゲス・シュピーゲル』の批評欄で「微笑む理性」と絶賛された。949月、イタリアのシチリア島におけるイブラ・グランプリ国際コンクールで、プロフェッショナル・ピアニスト部門入賞。97年リスト・プログラムでCDデビューし好評を博す。

ベルリン教会音楽大学ピアノ科講師、ベルリン市立音楽学校ピアノ科および室内楽科講師を歴任。ピティナ・ピアノコンペティション、ベルリン・スタインウェイ・ピアノコンクール審査員。05年よりドイツ音楽芸術家連盟ベルリン正会員。

 20078月、33年のドイツ滞在を終えて帰国。20086月、浜離宮朝日ホールでの帰国記念リサイタルを機に、日本各地でコンクールの審査、講演・演奏活動を展開している。